記憶

 ナビに指示されるままにぼんやりと運転をしていて、ふと気づいた時に胸が締め付けられるような圧迫感を感じて、そしてすぐに気づいた。この道は、あの日、4年前のあの日、絶望的な気持ちで車を走らせて、このまま死ぬことが出来たらどんなに楽だろうと思いながら走った道だった。人生はほんの一瞬で全てが変わってしまう。当たり前のことなのに、まったくそれを普段は意識しない。一瞬の不注意、たった一つの出来事、ある出会い、偶然の一致。それが起こるのはたった一瞬のことで、その一瞬の前には二度と戻ることが出来ない。私はあの日、十数枚の同意書に名前をサインして、その全てが「死ぬかもしれませんがいいですか?」とか「後遺症が残るかもしれませんがいいですか?」ということに同意する書類だった。最初の一枚目にサインするときは、体から血の気が引いて行くのがわかったが、それも五枚目ともなるともう機械的にサインをしていて、人間の適応力のたくましさに対してぼんやり想いを馳せたことを覚えている。その後私はセブンイレブンで弁当を買って、誰もいない家に帰った。ドアを開けたときのがらんとした様子をよく覚えている。狭い家なのに、独りでいると本当にその空間は広く感じられた。一切のその時の感情が、あの時とおった道と結びつけられていることを今日私は知った。
 あの日を境に全てが変わった。その道を今ふたたび通った時、その時に感じていた絶望の残滓はまだ感じられるけれど、その前にはもう二度と戻れないにせよ、それ以後に何もなかったかというとそうでもないということに思い至る。私は多分これからもいくつかのこういう瞬間を迎えるんだろう。それ以前へとは二度と戻れない瞬間。その時に私が下す判断のほぼ全ては間違っている、ということを私は今学ぶ。私は過去でさえまともに見ることが出来ず、そしてその瞬間から想いを馳せる未来は、それが現在になった時には遥か遠いところに幻想として浮かぶ、どこにも存在しない現在であることを私は知る。